2008年08月01日
TF卒業旅行 / 横浜編 その2
● 7月20日(日)・21日(海の日)
20日、最近は 副業に位置づけております 「スピなお仕事(モニサマン座談会)」 のあと、
その日、横浜では花火大会だとゆーのに、座談会に参加してくださった皆さんと、
居酒屋の奥で和気あいあい♪
皆さんとお逢いできて 激嬉しいであります




21日も同様に、イギリス館(ステキすぎ
)をお借りしての
「スピなお仕事(アチューンメント コンダクター)」を終え、
その伝授会に参加してくださった皆さんと中華街で乾杯

横浜全日程のコーディネートを、こころよく引き受けてくだった ひろりん* さん・・
ホントに、ホントに、ありがとうございます
マァーシャン: しかし キミ-- 飲んで食べてばっかりいたよ な!
ヤァー: ま-- 「旅人」気分を満喫しまくり(笑)
ラー: いやいや アレさ-- そもそも 「社会見聞」 を兼ねた旅
吾輩: これまで(スピを副業に位置づけるまで)出張の際は、
「仕事するでぇええ~~ 」 な意気込みが先に立ち、
観光とかしてませんでしたし・・

今回は、相方に中華街近くの宿を手配してもらえたので、
「せっかく来たからにはぁああ~~ 」 を萌やしてみました
ラー: ま-- レポートをよろしこ

吾輩: はい、前回の 『TF卒業旅行 / 横浜編 その1』 では
寿町について書かせていただきましたけど、
寿 所縁の人達とゆーのはアレですね、そもそもは 「港湾労働力」 ・・
1945年、日本は太平洋戦争に破れ、
横浜は占領軍を最初に受け入れさせられた都市と知られてます・・
横浜は連合軍として進駐してきた米軍基地として、
その港をはじめ、関内・関外の地区が接収され、日本占領政策の中枢となり、
1950年から始まった朝鮮戦争では、兵站(へいたん)基地となったそうです・・
特に、横浜港では戦後の占領下の諸物資輸入や
朝鮮戦争時代の兵站のために、数多くの荷役労務者を要し、
主に、その労働力需要への対応のために、
24時間を通じて、日雇い労務者を確保できる簡易宿泊所を設けたのが、
寿をはじめとするドヤ街のはじまりみたいです・・
ヤァー: で 中華街は?
吾輩: はい・・ 横浜中華街はもともと居留地、あるいは新開地であり、
ここは干拓によって人工的につくられた町で、
その発展は戦後から本格化したそうです・・
ヤァー: そぉ-- この町の住人は 中国人も 日本人も
韓国人も アメリカ人もすべて 「外地」 からやってきた--

吾輩: そーゆー背景があるためでしょうか、
多国籍ゆえか 中華街に 「神社はない」 そうで、
あるのは中国文化にちなんだ 「関帝廟」 が有名だとか・・
ヤァー: そ 中国と 日本の架け橋は 長崎 横浜 札幌ほか--
キャーン: アレぞ その 「居留地」 から
本編は 「国とは何か」 を考えさせたいシリーズ!!
吾輩: いやいやいや、「旅行記」 の範疇でお願いします
ラー: そうはいかんっ!!
そもそも国籍とは何だぁあああ!!!
吾輩: 国籍でありますか?
国籍(※)とは、簡単には 「その国に住む権利」 ではないでしょうか?
※ 国籍とは、個人が特定の国家に所属し、その国民たる資格や身分とされ、
出生した土地の国籍を取得する生地主義と、
血統により国籍を取得する血統主義の二種類からなるみたいです・・
ヤァー: その国籍をだ-- 普段 キミらは意識してないよね
シャーカ: そぉ! キミらはアレよ それを与えられた-- 従者だ(縛)
レヴェーン: ま-- 日本の植民地支配の頃
大陸に渡った日本民族は そこの人たちに
日本国籍を押し付けてまわったのに-- 「サンフランシスコ条約」 以後は--
吾輩: はい・・ サンフランシスコ講和条約(※)以後、
その人たちから日本国籍は「剥奪」されてます・・ しかし、
剥奪という表現は妥当でないかもですね・・
※ 第二次世界大戦における、アメリカ合衆国を中心とする連合諸国と
日本との間の戦争状態を終結させるため、
両者の間で1951年9月8日に締結された平和条約のこと・・
(その発効は1952年4月28日であります)
ラー: 「無効」 という表現が妥当--
吾輩: はい、では、その人たちの日本国籍は無効とされ、
その日を境に 「外国人」 にされました・・ ところが、
その後、旧植民地出身者に限って、その歴史的特殊性と申しますか、
事情を察し、ほかの外国籍人とは扱いを別けました・・
ヤァー: ま-- 日本政府は未だに 「永住資格は与えても 永住権を保証しない」 よね!
吾輩: 調べてみますと、「特別永住権」 なる制度があるみたいで、
その制度は 「永住してもいいよ」 という許可(入管特例法第二条)で、
いわゆる 「永住資格」 みたいです・・
永住資格は与えても、永住権を保証しないというのは、
外国籍者を国家管理のもとにおき、
これらの人々の権利(永住するという権利)を制限することを意味し、
その基本的発想は、日本敗戦直後にさかのぼります・・
ラー: 遡ればヨカ! ←(熊本弁)
吾輩: いやいやいや、旅行記ですから!!
ジャア: 違――う!!
わたしらの思惑記ぞぉおおお!!!
吾輩: はい はい・・ 調べましたよ
敗戦(1945年)以前の日本において、外国籍者というのは、
出稼ぎの中国人や、ほんの一握りの商社員、外交官ていどだったみたいで、
その当時の≪外国人≫というのは、
「よその人が たまたま日本に滞在しているだけ」 というニュアンスですか?
ヤァー: ま-- そーゆーカンジだったかも---- で?
吾輩: はい・・ しかしながら、明治以後の植民地拡大により、
琉球国(※)、台湾、朝鮮が次々と明治日本の領土に併合され、
それらの≪クニ≫の人々は、日本国籍者として書き換えられました・・
※ 沖縄にはかつて王朝が存在しましたけど、明治政府に統合され、
今では日本の一部になってます・・
ヤァー: で ほかには
吾輩: はい・・ 忙しくて、詳しく調べたわけではありませんけど、
おそらく、横浜にも旧植民地出身者を中心に、
日本に定住しておられる外国籍の方は多いのでは?
ところが、それらの人たちは、戦前まで国籍が日本でありながら、
社会保障などの面でボクら日本国籍者と平等に扱われません・・
その理由が、「外国人だから(日本国籍をもっていないから)」 であるなら・・
ジャア: であるなら-- 何だ
吾輩: ボクらは 「国の付属物」 でしかない・・ つまり、
「国とは何か」 という問いは、
「個とは何か」 に行き着くかも・・
ヤァー: 正解っ!!
で、せっかくだからさあ-- 別ブログつくろうか
吾輩: と ゆー事情と申しますか、師匠方の思惑により、
順正ジャアの・・ タイトルはどおしましょう?
一同: 順正ジャアの 『日本の中の世界』 っ
歴史の勉強のスタートだぁあああ~~~!!!

ラー: あわよくば--
政治家向けの教科書にしたるでぇえええ~~~
ジャア: 横浜に常駐-- したくねぇか オレぇえええ~~~

吾輩: そ、そのまえに・・ 夏休み頂戴ぃいいい~~~~

20日、最近は 副業に位置づけております 「スピなお仕事(モニサマン座談会)」 のあと、
その日、横浜では花火大会だとゆーのに、座談会に参加してくださった皆さんと、
居酒屋の奥で和気あいあい♪
皆さんとお逢いできて 激嬉しいであります





21日も同様に、イギリス館(ステキすぎ
)をお借りしての「スピなお仕事(アチューンメント コンダクター)」を終え、
その伝授会に参加してくださった皆さんと中華街で乾杯


横浜全日程のコーディネートを、こころよく引き受けてくだった ひろりん* さん・・
ホントに、ホントに、ありがとうございます

マァーシャン: しかし キミ-- 飲んで食べてばっかりいたよ な!
ヤァー: ま-- 「旅人」気分を満喫しまくり(笑)
ラー: いやいや アレさ-- そもそも 「社会見聞」 を兼ねた旅
吾輩: これまで(スピを副業に位置づけるまで)出張の際は、
「仕事するでぇええ~~ 」 な意気込みが先に立ち、
観光とかしてませんでしたし・・

今回は、相方に中華街近くの宿を手配してもらえたので、
「せっかく来たからにはぁああ~~ 」 を萌やしてみました

ラー: ま-- レポートをよろしこ

吾輩: はい、前回の 『TF卒業旅行 / 横浜編 その1』 では
寿町について書かせていただきましたけど、
寿 所縁の人達とゆーのはアレですね、そもそもは 「港湾労働力」 ・・
1945年、日本は太平洋戦争に破れ、
横浜は占領軍を最初に受け入れさせられた都市と知られてます・・
横浜は連合軍として進駐してきた米軍基地として、
その港をはじめ、関内・関外の地区が接収され、日本占領政策の中枢となり、
1950年から始まった朝鮮戦争では、兵站(へいたん)基地となったそうです・・
特に、横浜港では戦後の占領下の諸物資輸入や
朝鮮戦争時代の兵站のために、数多くの荷役労務者を要し、
主に、その労働力需要への対応のために、
24時間を通じて、日雇い労務者を確保できる簡易宿泊所を設けたのが、
寿をはじめとするドヤ街のはじまりみたいです・・
ヤァー: で 中華街は?
吾輩: はい・・ 横浜中華街はもともと居留地、あるいは新開地であり、
ここは干拓によって人工的につくられた町で、
その発展は戦後から本格化したそうです・・
ヤァー: そぉ-- この町の住人は 中国人も 日本人も
韓国人も アメリカ人もすべて 「外地」 からやってきた--

吾輩: そーゆー背景があるためでしょうか、
多国籍ゆえか 中華街に 「神社はない」 そうで、
あるのは中国文化にちなんだ 「関帝廟」 が有名だとか・・
ヤァー: そ 中国と 日本の架け橋は 長崎 横浜 札幌ほか--
キャーン: アレぞ その 「居留地」 から
本編は 「国とは何か」 を考えさせたいシリーズ!!

吾輩: いやいやいや、「旅行記」 の範疇でお願いします
ラー: そうはいかんっ!!
そもそも国籍とは何だぁあああ!!!
吾輩: 国籍でありますか?
国籍(※)とは、簡単には 「その国に住む権利」 ではないでしょうか?
※ 国籍とは、個人が特定の国家に所属し、その国民たる資格や身分とされ、
出生した土地の国籍を取得する生地主義と、
血統により国籍を取得する血統主義の二種類からなるみたいです・・
ヤァー: その国籍をだ-- 普段 キミらは意識してないよね
シャーカ: そぉ! キミらはアレよ それを与えられた-- 従者だ(縛)
レヴェーン: ま-- 日本の植民地支配の頃
大陸に渡った日本民族は そこの人たちに
日本国籍を押し付けてまわったのに-- 「サンフランシスコ条約」 以後は--
吾輩: はい・・ サンフランシスコ講和条約(※)以後、
その人たちから日本国籍は「剥奪」されてます・・ しかし、
剥奪という表現は妥当でないかもですね・・
※ 第二次世界大戦における、アメリカ合衆国を中心とする連合諸国と
日本との間の戦争状態を終結させるため、
両者の間で1951年9月8日に締結された平和条約のこと・・
(その発効は1952年4月28日であります)
ラー: 「無効」 という表現が妥当--
吾輩: はい、では、その人たちの日本国籍は無効とされ、
その日を境に 「外国人」 にされました・・ ところが、
その後、旧植民地出身者に限って、その歴史的特殊性と申しますか、
事情を察し、ほかの外国籍人とは扱いを別けました・・
ヤァー: ま-- 日本政府は未だに 「永住資格は与えても 永住権を保証しない」 よね!
吾輩: 調べてみますと、「特別永住権」 なる制度があるみたいで、
その制度は 「永住してもいいよ」 という許可(入管特例法第二条)で、
いわゆる 「永住資格」 みたいです・・
永住資格は与えても、永住権を保証しないというのは、
外国籍者を国家管理のもとにおき、
これらの人々の権利(永住するという権利)を制限することを意味し、
その基本的発想は、日本敗戦直後にさかのぼります・・
ラー: 遡ればヨカ! ←(熊本弁)
吾輩: いやいやいや、旅行記ですから!!

ジャア: 違――う!!
わたしらの思惑記ぞぉおおお!!!
吾輩: はい はい・・ 調べましたよ

敗戦(1945年)以前の日本において、外国籍者というのは、
出稼ぎの中国人や、ほんの一握りの商社員、外交官ていどだったみたいで、
その当時の≪外国人≫というのは、
「よその人が たまたま日本に滞在しているだけ」 というニュアンスですか?
ヤァー: ま-- そーゆーカンジだったかも---- で?
吾輩: はい・・ しかしながら、明治以後の植民地拡大により、
琉球国(※)、台湾、朝鮮が次々と明治日本の領土に併合され、
それらの≪クニ≫の人々は、日本国籍者として書き換えられました・・
※ 沖縄にはかつて王朝が存在しましたけど、明治政府に統合され、
今では日本の一部になってます・・
ヤァー: で ほかには
吾輩: はい・・ 忙しくて、詳しく調べたわけではありませんけど、
おそらく、横浜にも旧植民地出身者を中心に、
日本に定住しておられる外国籍の方は多いのでは?
ところが、それらの人たちは、戦前まで国籍が日本でありながら、
社会保障などの面でボクら日本国籍者と平等に扱われません・・
その理由が、「外国人だから(日本国籍をもっていないから)」 であるなら・・
ジャア: であるなら-- 何だ
吾輩: ボクらは 「国の付属物」 でしかない・・ つまり、
「国とは何か」 という問いは、
「個とは何か」 に行き着くかも・・
ヤァー: 正解っ!!
で、せっかくだからさあ-- 別ブログつくろうか

吾輩: と ゆー事情と申しますか、師匠方の思惑により、
順正ジャアの・・ タイトルはどおしましょう?
一同: 順正ジャアの 『日本の中の世界』 っ

歴史の勉強のスタートだぁあああ~~~!!!


ラー: あわよくば--
政治家向けの教科書にしたるでぇえええ~~~

ジャア: 横浜に常駐-- したくねぇか オレぇえええ~~~


吾輩: そ、そのまえに・・ 夏休み頂戴ぃいいい~~~~




