2008年08月17日

NEWDAY in 無人島 / 鹿とキリシタン編 その2

○ 8月3日(


無人島2日目・・  朝から気分良く目覚め、時計を確認すると、まだ5時!
まえの日は、野外でのバウル(※1)の演奏を聴きながら、
大広間で家族と眠りについた・・


とりあえず、外は明るいので、散歩を兼ねて、
丘の上にのこる野首教会の写真を撮りに出かけた・・





今年、建立されて100周年を迎える野崎島の旧野首(きゅうのくび)教会堂は、
世界遺産本登録推進中なのだそうで、
明治41年、教会建築家で有名な鉄川与助氏が手掛けた建築遺産だ・・




過疎により数年前に無人と化した野崎島だけど、
かつては、「野首」 と 「瀬戸脇(船森)」 に 2つのキリシタン部落があったそうで、
最初に野首に定住したキリシタンは、
1797(寛政9年)年、大村領から五島列島へ移住した人たちのうち、
2家族が野首に住み着いたと語られている・・

また、瀬戸脇に定住したキリシタンは、
大村の海岸で 「明日処刑される3人のキリシタン」 を、
野崎島の隣にある小値賀島の船問屋が同情して、
小値賀に連れ帰り、人目を避けて瀬戸脇に移住させたという話だ・・


ジャア: 歴史豊かということは 秘話も--  多大ぞぉおお!!


シャーヤス: ま--  「人知れず」 が もったいないから--
          わたしらが キミらの ゾッとしそうな話をしてあげ--


吾輩: 間に合ってます!(断)


ジャア: とにかく アレな キミの故郷(天草)でもさ~
      厳しい弾圧を受けてたんだよね キリシタンって--


吾輩: はい・・ 野崎島周辺のみならず、島原や ボクの生まれ育った天草では、
     幕府という支配側によるキリシタン弾圧と、過酷な年貢取り立てに対して、
     当時の農民はキリシタンとして、反乱を起こしました・・ 

     その結果は、日本史に例をみることのない、
     数万人の一揆勢の皆殺しに終わりました・・ 

     天草では、これを殉教の戦とみるのが一般的です
     
※ 1637~38年に展開された天草・島原の乱で命を落としたのは、
   天草四郎時貞(16)をはじめ、およそ3万7千人と語られてます・・



ヤァー: その 天草のみならず 日本近世史においても
      日本を鎖国に追い込むほどの大事件は なぜ 「起こされた」 と感じる


吾輩: 起こされた? しかも、日本を鎖国に追い込むほどとは、どういう意味でありますか?


ヤァー: いや--  そーゆー視点に立ったら どんな事が浮き彫りにされるかな~と


キャーン: ま--  今のキミはアレだ 教養が偏ってるから--  ミステリーにしか感じねえ!


ジャア: とにかく--  追跡調査を趣味にするがいい オレ グッキラキラ





旧野首教会堂の写真を撮り終えたあと、特にすることもなく、
もう一度とゆーか、2度寝することにした・・


目が覚めると、「あれ? グレイスジョーンズの曲がかかってる・・ 」 と、
20代の頃によく聴いてた曲に誘われ 外に出てみると、
miso君 イチ押しの、DJ Daichi がレコードをまわしてた・・


「良い選曲」 とゆーもんは、理屈でなく、体が勝手に動きだす・・
DJ Daichi の選曲に、おやじ(吾輩)メロメロ♪ 





あと、BASED ON KYOTO(DJ Daichi & MARRON)とゆーバンドも イケてた♪


ヤァー: ま--  静かに PARTY も 終わった--  


ジャア: 良かったね ヘルシーで♪


ラー: あとは それぞれ帰途に着いた--  



吾輩: いやいや、ホントに 1泊2日で 「解散」 でしたね・・
     (PARTY は その日の お昼までに終わりました)




夏場、野崎島には 大勢の家族連れや 旅行者が キャンプに訪れ、
ボクらがお世話になった自然学塾村も賑やかです エヘッ

今後はシーズン以外の時も、
計画的にイベントを行うみたいです・・ 鹿には迷惑でしょうけど(笑)


ラー: ま--  楽園に 賞味期間はつきもの--  


吾輩: 何だか切ないっスねえ・・ うーん


ジャア: 鹿の被害つーか 近くの島から 鹿が大挙して来たことにより
      野崎の農業は 「すっかりダメ」 になり
      ついには鹿に 住居を明け渡すことになったわけだけど--  アレだ
      皮肉なことに 人がいなくなったら 人と鹿が集まるようになったとゆー帰納ぞ グッキラキラ


ヤァー: 時代と共に 田畑を手放す人が多くなるのと同時に
      鹿が姿を見せはじめ 楽園が誕生したわけだけどさ~
      よーするに 田畑を手放せば キミらの暮らす世界は-- 復旧できそうだ グッキラキラ


吾輩: また、無茶なことを・・  
     田畑を手放したら、ボクらは何を食べて-- 
     あ! そぉおかぁああ!! びっくり


ラー: どおした! 何か閃いたんだよねぇええ!!


吾輩: はい! 田畑を手放して、ボクらは・・


ヤァー: ボクらは何やねん!?



吾輩: いや・・ 鹿を食べればいいんだと エヘッ
     (画像は鹿鍋であります☆)
     
     シカのお肉はクセがなく、脂身も少なくヘルシーで、体を温めてもらえるので、
     長野あたりでは 「ふとんを質に入れてでも鹿肉を喰え」 という諺もあるとか!

     野崎島をはじめ、小値賀島の新・名物料理の素材としていかがでしょう!?

     いや・・ 冗談ですって(ふふふ・・ ) 


一同: 警戒せよ 無人島に生息する シカな わたしらよ ピッピ 
      




※1 バウルとは、インド、ベンガル地方に生きる吟遊詩人のことで、
    彼等は、神との合一を目指し、カーストを捨て、世俗の世界を捨て、
    バウルとして生まれ変わる・・ 
    バウルの唄の多くは、宗教にまつわるものであるが、
    心の神に寄せる言葉のひとつひとつは、愛と哲学に満ちている


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この記事へのコメント
僕は長野県生まれだが 「布団を質に入れてでも鹿肉を食え」とは初めて知ったよ
鹿肉を初めて食ったのは東京だーーぁ
Posted by 殿下クゥロゥ at 2008年08月22日 15:56
あ! めずらしい! 親分からコメントが!

「ことわざ」かどうか不明なんですけどね、
鹿肉を食べると、体が温まるそうで、
おそらくは、民間療法的なフレーズなんだと思います。
Posted by 順正ジャア順正ジャア at 2008年08月22日 23:42
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