2008年07月16日
スピエマは 目覚ましのために訪れる≪劇≫ その1
『スピエマ(スピリチャル エマジェンシー)』とは、
連続して訪れる変異を体験する者の憤る(いきどおる)状態や、
スピリチュアルな成長の過程における混乱状態(変容プロセス)を指す用語であり、
吾輩の経験を基にすると、その人物の存在全体に関わる
深い心理的変容をもたらす苦難として、
古来、日本においては 「巫病」、「神がかり」 とされてきた
宿命と言えそうです・・ しかしながら、
一言に 「スピエマ」 と云っても、
その体験の度合いは人それぞれであり、
現段階で、それを総括することは容易ではありません・・
ヤァー: 公にすることを 今 許す (笑)
吾輩: はい(笑) では・・ 少し神妙にもなりますけど、≪ある目的≫のために、
mixi内の 『トランスファクター』コミュに寄稿させていただいた、
吾が体験記を加筆・訂正し、皆さまへ・・
スピエマ・・ その体験を通して、
経験者同士に共通するかもしれない実感をひとつ挙げるとするなら、
それは 「ホントに、人間以外の存在はいるんだ!」 という
畏怖かもしれません・・
そう、それはそれは、ゆくゆく自殺を思い詰めるほどの・・
ボクの場合、四六時中ボクを罵倒し、
死に向かわせる複数の存在の脅しに苦しめられたのですが、
それが 28歳後半から37歳までの間、
およそ 6期(およそ5年)に渡り訪れました・・
その中で 「発狂」級な体験と言えば 3期目で、
それは、2002年3月あたりから幕を開けました・・

当時、ボクは日常的に訪れる怪奇な現象を、どうにか遠ざけることと、
ヒーラー業を始めようと一念発起し、その開業資金づくりのため、
九州から単身、滋賀のとある自動車工場へ出稼ぎに来ていました・・
≪怪異≫と書けば語弊になるかもしれませんが、
それは、滋賀に身を寄せるまえの2001年11月から感じるようになり、
それに呼応するかのごとく、ボクの感覚は少しずつ
「オレ、もしかして、またしてもヤバイ!?」状態に入り、
・ 体内で応答するビーコンを経て、
空中に並ぶ半透明の文章や記号、図形やチューブを知覚するようになったり、
・ そこから絶え間ないチャネリングの強要、それに伴う思考の占拠、
・ 幽霊といわず、土地の産土神さまや、龍神、天使、妖精、キュートな小悪魔の訪問、
・ 幽体離脱、人間とは異なる生命種への同居体験、UFOへのアポーツ体験など節操がなく、
・ その極めつけは、ボクの体を何者かが拝借するという、
それは 『神秘』 というより、奇怪な現象が連日と化していきました
(部屋の中に雷雲が立ち込め、半透明な霊的大鷲が飛び回ったこともあります・・ )
無論、そのどれもが信心のない当時の自分にとっては恐いだけで、
ぜんぜん、ありがたいものではありませんでしたし、
それがどこの病院に逃げこんでも、どこの宗教にすがろうとも、
解消できそうにない・・
つまり、「他者にどうにかしてもらおうというのは 通じそうにない」 ということが、
飲み込めるまでの試練でした☆
とにかく、滋賀にいる間、古典的とも言える心霊現象から、宇宙級の体験まで、
カテゴリーを一蹴してしまう出来事に翻弄される日々が 出稼ぎの満期を終えるまで続き、
出稼ぎの給料の大半は、その難を軽減させたいがため、
毎週末ごと、いろんなスピ系諸氏の元を訪ねることで消えました・・ (ヤケ酒もよく飲みました)
今でもよく口を突いて出る愚痴で恐縮なのですが、
その当時、只、一人を除いて、 どの御仁も
「この本にはこう書いてある、あの本にはどう書いてあった」 と、
知識のみで対応するばかりで、経験が伴っていない方ばかり・・
ボクが、一部のファンタジー色の強い同業他者さんに噛みつきたくなるのは、
その頃のことを思い出さずにはいられないからでして、
まあ、何と申せば、無礼にあたらないのでしょうか・・ ?
ヤァー: いや-- 「あなた達の書くセオリーが スピエマをひどくしてる」 と
吾輩: ・・・・・ と、ともかく
滋賀に身を寄せ、その執拗な試練が更に激化してきた2002年4月中旬、
節操のなさに慣れてきた頃とは云え、さすがに、
「神さまとか仏さまとか 守護霊さんは、この事態になぜ手を差し伸べてくれないんです!
奴ら(頭の中の声の主ら)がほざくように、神さまは人の念出なんですか!
お願いします!! ボクの声が届いているのならボクを助けてください!!!」と、
心の中でも、声にも出して懇願し続けたわけですけど・・
いわゆる善(人の味方)とされる神仏は、
≪奴らと同一なのか?≫ と、次第に考えるようになりました・・
で、「こうなりゃ賭けるしかねえ!」と、
ボクが意を決したのは ≪車に飛び込む≫ ことでした・・

実は、10代後半から20代中盤にかけて、
なぜだかボクは車にはねられる事故を3回経験したのですが、
そのどの事故でも手術に至るようなケガをせずに済み、
「もしかしたら、オレは事故では死なない運命かもしれん・・ 」 という望みから、
迷惑にも、≪運だめし≫をすることに決めたわけです(恐縮)
「これからオレが車に飛び込んで、半死半生の身でも生きていたら、
それは オレに生ろと 本当の神さまが伝えてるんだ・・
けど、一応、どうなってもいいように、遺書は残しておこう」 と、
おふくろと、その当時の嫁さん宛てに、遺書を準備すべく、紙とペンを手にとりました・・
しかーし、その死ぬまでのいきさつを、
どう工夫して書いても信じてもらえそにないでしょうし、
「オレが狂ったと思われるだけだよな・・ 」と挫けました☆
けど、そのことも含め、遺書を残すことを断念せざるを得なかったのは、
「たとえ、その滋賀だけの出来事を時系列に並べるだけでも
本2~3冊以上の長編になってしまう!」 ということでした
まあ、四六時中頻繁に、それが届くのは 「頭」 と書けばいいのか、
「オーラ全ての層」 と書けば正解の範疇なのか、チャネリングというものが、
どこを経由して行われているのか、未だによく分かりません・・
ジャア: 教えたじゃねーか!
「この世と位相関係にあるジャサーン・エネ種が≪チャネリング経路≫的となり
亜時空の通路として キミら感応者にイメージを伝達しておる」 とぉおお!!
吾輩: ・・・・・ なので、平たく 「頭に届く声」 という表現で話を続けますけど、
とにもかくにも、その声は鳴りっ放しのラジオみたいに
絶えずボクに 「呼びかける」・・
スミマセン・・ 「ボク」称では調子が出ないので、
ここから 「オレ」称をお許しください
キャーン: ス、スマン 順正
吾輩: 何スか
ヤァー: 調子を出すまえに ごめんやけど-- つづく
連続して訪れる変異を体験する者の憤る(いきどおる)状態や、
スピリチュアルな成長の過程における混乱状態(変容プロセス)を指す用語であり、
吾輩の経験を基にすると、その人物の存在全体に関わる
深い心理的変容をもたらす苦難として、
古来、日本においては 「巫病」、「神がかり」 とされてきた
宿命と言えそうです・・ しかしながら、
一言に 「スピエマ」 と云っても、
その体験の度合いは人それぞれであり、
現段階で、それを総括することは容易ではありません・・
ヤァー: 公にすることを 今 許す (笑)
吾輩: はい(笑) では・・ 少し神妙にもなりますけど、≪ある目的≫のために、
mixi内の 『トランスファクター』コミュに寄稿させていただいた、
吾が体験記を加筆・訂正し、皆さまへ・・
スピエマ・・ その体験を通して、
経験者同士に共通するかもしれない実感をひとつ挙げるとするなら、
それは 「ホントに、人間以外の存在はいるんだ!」 という
畏怖かもしれません・・
そう、それはそれは、ゆくゆく自殺を思い詰めるほどの・・
ボクの場合、四六時中ボクを罵倒し、
死に向かわせる複数の存在の脅しに苦しめられたのですが、
それが 28歳後半から37歳までの間、
およそ 6期(およそ5年)に渡り訪れました・・
その中で 「発狂」級な体験と言えば 3期目で、
それは、2002年3月あたりから幕を開けました・・

当時、ボクは日常的に訪れる怪奇な現象を、どうにか遠ざけることと、
ヒーラー業を始めようと一念発起し、その開業資金づくりのため、
九州から単身、滋賀のとある自動車工場へ出稼ぎに来ていました・・
≪怪異≫と書けば語弊になるかもしれませんが、
それは、滋賀に身を寄せるまえの2001年11月から感じるようになり、
それに呼応するかのごとく、ボクの感覚は少しずつ
「オレ、もしかして、またしてもヤバイ!?」状態に入り、
・ 体内で応答するビーコンを経て、
空中に並ぶ半透明の文章や記号、図形やチューブを知覚するようになったり、
・ そこから絶え間ないチャネリングの強要、それに伴う思考の占拠、
・ 幽霊といわず、土地の産土神さまや、龍神、天使、妖精、キュートな小悪魔の訪問、
・ 幽体離脱、人間とは異なる生命種への同居体験、UFOへのアポーツ体験など節操がなく、
・ その極めつけは、ボクの体を何者かが拝借するという、
それは 『神秘』 というより、奇怪な現象が連日と化していきました

(部屋の中に雷雲が立ち込め、半透明な霊的大鷲が飛び回ったこともあります・・ )
無論、そのどれもが信心のない当時の自分にとっては恐いだけで、
ぜんぜん、ありがたいものではありませんでしたし、
それがどこの病院に逃げこんでも、どこの宗教にすがろうとも、
解消できそうにない・・
つまり、「他者にどうにかしてもらおうというのは 通じそうにない」 ということが、
飲み込めるまでの試練でした☆
とにかく、滋賀にいる間、古典的とも言える心霊現象から、宇宙級の体験まで、
カテゴリーを一蹴してしまう出来事に翻弄される日々が 出稼ぎの満期を終えるまで続き、
出稼ぎの給料の大半は、その難を軽減させたいがため、
毎週末ごと、いろんなスピ系諸氏の元を訪ねることで消えました・・ (ヤケ酒もよく飲みました)
今でもよく口を突いて出る愚痴で恐縮なのですが、
その当時、只、一人を除いて、 どの御仁も
「この本にはこう書いてある、あの本にはどう書いてあった」 と、
知識のみで対応するばかりで、経験が伴っていない方ばかり・・
ボクが、一部のファンタジー色の強い同業他者さんに噛みつきたくなるのは、
その頃のことを思い出さずにはいられないからでして、
まあ、何と申せば、無礼にあたらないのでしょうか・・ ?
ヤァー: いや-- 「あなた達の書くセオリーが スピエマをひどくしてる」 と

吾輩: ・・・・・ と、ともかく

滋賀に身を寄せ、その執拗な試練が更に激化してきた2002年4月中旬、
節操のなさに慣れてきた頃とは云え、さすがに、
「神さまとか仏さまとか 守護霊さんは、この事態になぜ手を差し伸べてくれないんです!
奴ら(頭の中の声の主ら)がほざくように、神さまは人の念出なんですか!
お願いします!! ボクの声が届いているのならボクを助けてください!!!」と、
心の中でも、声にも出して懇願し続けたわけですけど・・
いわゆる善(人の味方)とされる神仏は、
≪奴らと同一なのか?≫ と、次第に考えるようになりました・・
で、「こうなりゃ賭けるしかねえ!」と、
ボクが意を決したのは ≪車に飛び込む≫ ことでした・・

実は、10代後半から20代中盤にかけて、
なぜだかボクは車にはねられる事故を3回経験したのですが、
そのどの事故でも手術に至るようなケガをせずに済み、
「もしかしたら、オレは事故では死なない運命かもしれん・・ 」 という望みから、
迷惑にも、≪運だめし≫をすることに決めたわけです(恐縮)
「これからオレが車に飛び込んで、半死半生の身でも生きていたら、
それは オレに生ろと 本当の神さまが伝えてるんだ・・
けど、一応、どうなってもいいように、遺書は残しておこう」 と、
おふくろと、その当時の嫁さん宛てに、遺書を準備すべく、紙とペンを手にとりました・・
しかーし、その死ぬまでのいきさつを、
どう工夫して書いても信じてもらえそにないでしょうし、
「オレが狂ったと思われるだけだよな・・ 」と挫けました☆
けど、そのことも含め、遺書を残すことを断念せざるを得なかったのは、
「たとえ、その滋賀だけの出来事を時系列に並べるだけでも
本2~3冊以上の長編になってしまう!」 ということでした
まあ、四六時中頻繁に、それが届くのは 「頭」 と書けばいいのか、
「オーラ全ての層」 と書けば正解の範疇なのか、チャネリングというものが、
どこを経由して行われているのか、未だによく分かりません・・
ジャア: 教えたじゃねーか!
「この世と位相関係にあるジャサーン・エネ種が≪チャネリング経路≫的となり
亜時空の通路として キミら感応者にイメージを伝達しておる」 とぉおお!!
吾輩: ・・・・・ なので、平たく 「頭に届く声」 という表現で話を続けますけど、
とにもかくにも、その声は鳴りっ放しのラジオみたいに
絶えずボクに 「呼びかける」・・
スミマセン・・ 「ボク」称では調子が出ないので、
ここから 「オレ」称をお許しください

キャーン: ス、スマン 順正

吾輩: 何スか

ヤァー: 調子を出すまえに ごめんやけど-- つづく
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